演題:コーチング学と実践現場をつなげる
演者:中川 昭(京都先端科学⼤学)
講演概要
スポーツのトレーニング(練習)と指導に関する学体系である「コーチング学」は,当然,研究知見が実践現場で有効に利用され,実践現場に密接に関わりを持っているはずであると考えられるかも知れない。しかしながら,決してそうではないことは,今回の学会大会で「コーチング学と実践現場をつなげる」というテーマが改めて掲げられたことからも想像できるであろう。実際,役に立つ研究がないという声が現場から聞かれたり,多くの重要な研究知見が現場で使われていないといった声が研究者から聞かれることが今でもよくある。
先日,ある研究者(コーチも兼ねる)の方から,このことを改めて考えさせられるような話を聞いた。それは,ラグビーの試合の時間帯と勝敗との関係を研究していて,試合の冒頭の時間帯での得点が勝敗と密接に関連しているという知見を得たけれども,この知見は選手には伝えないことにしたというのである。というのも,この知見を選手に伝えたら,試合で冒頭の時間帯に相手に得点を取られると,選手がもうこの試合には勝てないと思ってしまうのだということであった。
この話のように,応用科学を標榜するコーチング学であっても,研究を実践に効果的に繋げることは決して簡単ではない。すなわち,研究活動で得られた知見が現場で有効に利用されるためには,単に従来のやり方で研究論文を発表するだけでは不十分であり,これまでのやり方とは別の新たな努力/活動が必要になると考えなければならない。
それでは,コーチング学の研究と実践現場を効果的に繋げるために,どのような努力/活動をすれば良いのであろうか。今回の講演では主に以下の事柄についてお話をしたい。
1) コーチング学の研究論文の中で,研究知見の実践現場への適用について深く考察し詳細に記述することの重要性
2) 事例研究も含め,コーチング学の研究における「対象⇔標本」の関係性を明確化することの重要性
3) 実践現場における特定の問題の解決に向けてコーチング学の研究成果を集約する(橋渡しする)新たな論文カテゴリーの必要性
4) コーチング学の研究者が実践現場を持つことの重要性
今回の講演が,参加者の皆さまにとって,コーチング学における研究と実践の連関について考えを巡らせる1つの機会になれば幸いである。
登壇者紹介
登壇者: 中川 昭(なかがわ あきら)
所 属: 京都先端科学大学
学 位: 博士(体育科学)(筑波大学)
経 歴
- 1984‐1993年 大阪教育大学
- 1993‐2020年 筑波大学
- 2021年‐現在 朝日大学(客員教授)
- 2022年‐現在 京都先端科学大学(特任教授)
- 2017‐2023年 日本コーチング学会会長
- 2019‐2021年 日本体育·スポーツ·健康学会副会長
指導歴
- 1994‐2005年 筑波大学ラグビー部監督
- 1996‐2005年 文部科学省学校体育指導者中央講習会講師
- 1991‐2023年 日本スポーツ協会公認上級コーチ(コーチ4)
著 書
- 球技のコーチング学(2019)大修館書店.編著
- スポーツパフォーマンス分析入門(2020)大修館書店.監訳
- スポーツパフォーマンス分析への招待(2022)ブックハウスHD.監修
- ラグビーのコーチング学(2024)大修館書店.編著
論 文
- ラグビー競技に関する科学的研究の現場への応用(2019)Strength & Conditioning Journal Japan 26(7):2-12. 共著
- ラグビーのパフォーマンスに焦点を当てた科学的研究:今後の展望を考える(2019)フットボールの科学 14:3-11. 単著
- コーチング学の学体系の構築:その方向性と方策(2020)筑波大学体育系紀要 43:1-7. 単著